授業を終え、疲れた体に鞭打って郵便局にお金をおろしに行くことにした。
母「はいはい」
克「あの5万は何?いつのまにあんなの入ったの」
母「あれ?手紙届いてない?」
克「手紙?」
母「金曜に出したから、今日か明日には届くと思うんだけど。」
どうやら、母が送ったらしいその手紙に詳しいことが書いてあるようだ。
克「いや届いてないよ」
今日はまだ郵便受けの中を見ていなかったのだが、とりあえずそう答えておいた。
そういうわけで、母から電話で事情を聞くことになったのだ。
話によると、そのお金は、先日亡くなった曾祖母の遺産の一部らしい。
本来、ひ孫である俺には相続する権利など微塵も無いのだが
「学生さんは大変だろうから」
との祖父の配慮で、少しいただけることになったのだという。
形としては、曾祖母の息子である祖父が孫におこづかいをあげたような感じか。
このおこづかいは俺だけでなく、妹や、いとこの姉妹2人にも渡されたらしい。
この4人、すなわち俺と妹といとこ2人は、
小さい頃から大変仲が良く、久しぶりに会うといつも4人で遊んでいたのを覚えている。
いとこ達と会えるのは、大抵夏休みや冬休みといった長期の間小学校がお休みのときで、場所は祖父と祖母と曾祖母の3人が住む家と決まっていた。
曾祖母は、名前を「コト」というので、みんな『コトばあちゃん』って呼んでたな。
4人ともコトばあちゃんが大好きで、かくれんぼをしたときは必ず誰かがコトばあちゃんの部屋に隠れていた。
だから、鬼になったときは最初にコトばあちゃんの部屋を探すのが俺の作戦だったのだ。
克「コトばあちゃん、誰か来んかった?」
コト「な〜ん、わしゃ知らんがよ」
コトばあちゃんはいつもそうやって嬉しそうに嘘をついてくれた。
押し入れの中に可愛いひ孫を隠しながら。
また、コトばあちゃんの部屋を訪れた者は、決まって2つのものを手に入れることができた。
一つは、食べたことのないお菓子。
木製のタンスの上に乗っかった、青い缶の入れ物にいつもお菓子が入っていた。
それは飴だったり、クッキーだったり、塩コンブだったり、いろいろだ。
ところが、そのどれもが今まで食べたことのないような味がしたのだ。
あの味はおそらくもう一生味わうことはできないのだろうな。
そしてもう一つは『めだま』だ。
「かっちゃん、めだまあげっちゃ」
とコトばあちゃんが言えば、小さな少年の手の平に、500円玉がポンと乗せられるのだ。
あまり頻繁にひ孫達にお金をあげるので、祖母に怒られているコトばあちゃんを見たこともあった。
やがて俺達4人は大きくなり、だんだんコトばあちゃんの元を訪れる機会も少なくなっていく。
俺が高校受験を迎えようとしていた頃には、コトばあちゃんは入院していて、すっかり頭もボケて、息子である祖父のことすら思い出せない状態になっていた。
そのまま俺はコトばあちゃんに会うことなく、先日コトばあちゃんの死を告げられたのであった。
享年98歳。
よく生きたものだ。
母「じゃあね」
克「はいはい。じゃあね」
母との電話を終え、郵便受けを確認しに外へ出る。
郵便受けの中には、何通かのダイレクトメールの中に混じって、母の名前の書かれた封筒が一枚入っていた。
文章を書くのが好きな母のことだ、さぞかしたくさん書いてあるんだろう。
と思い中を開けたのだが、そこには小さな紙切れが1枚入っていただけであった。
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コトの貯金を解約してみんなに少しずつ分けました。
コトの最後のメダマだと思って大事に使ってください。
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そういえば最近母はプリンタの使い方を覚えたのだと言っていた。
印刷してみたかったのだろう。
手書きじゃない母の手紙をもらったのは生まれて初めて。何か新鮮だ。
さて、めだまももらったことだし。
今日もまたスーパーに行ってくるかな。
笑いも何もなくてすみません。