克のアリクイ日記(最終回) 2004.7.11

食物連鎖の頂点に立っていたアリクイ達にとって、アリクイクイの出現はまさに衝撃であった。

逃げることを忘れていたアリクイ達は、食事のためにアリの巣に舌を入れているところを次々に狙い撃ちにされた。
中には食事中に周りを警戒し、アリクイクイに襲われそうになると逃走を試みようとするアリクイもいた。
しかし、長い間天敵のいなかった彼らの歴史が、彼らの逃げ足を速くするはずもない。
大きな体を繰り返し地面に叩きつけ、口のまわりにアリをつけながら必死で逃げるアリクイを、アリクイクイは容赦なく捕食するのだ。

そう、アリクイクイは足が速かった。
アリクイに比べて、ということではない。
ひとたびアリクイクイが全力で走れば、傍からみる者にとってはそれがアリクイクイの姿とは確認できないほどであった。

もう一つ、アリクイ達がアリクイクイに手をこまねいている理由があった。
それはアリクイクイの形容である。
よほどアリクイに詳しい人でないかぎり、ぱっと見ただけでアリクイとアリクイクイの区別がつく人はいないであろう。

それほどアリクイとアリクイクイは似ていた。

判別する方法は2つ。
その巨体が信じられないほどのスピードで走っているならばアリクイクイ。
その巨体が同じ種類と思われる巨体を食べているなら、捕食しているほうはアリクイクイ。

そのどちらかの場面を見なければ、それがアリクイなのかアリクイクイなのか判断できないのであった。
無論それはアリクイにとっても同じで、彼らは自分と似た姿をした生物に対して、仲間なのか敵なのか見た目から判断することができなかったのだ。

アリクイクイは賢かった。
アリクイ達がアリクイとアリクイクイの区別がつかないのを知ると、彼らは努めてアリクイとして振舞ったのだ。
アリクイクイは速く走ることができるが、アリクイのようにゆっくり走ることもできる。
このせいで、ますますアリクイ達はアリクイクイに食べられるようになった。



しかし、ここで問題が起こる。
アリクイとして振舞うアリクイクイを、他のアリクイクイが見抜けなかったのだ。
果たして、アリクイクイがアリクイクイを食べてしまうという怖ろしい事件が至るところで起こった。

結論からいうと、アリクイクイはアリクイクイクイにはなれなかった。
アリクイクイを食べてしまったアリクイクイは、ほとんどがその不味さでショック死してしまうのである。


いいや、不味さが原因ではないのかもしれない。
アリクイクイは自分がアリクイクイであることを知っていて、そのアイデンティティを自ら冒してしまったことがショックだったのかもしれない。
なにしろアリクイクイは賢いのだ。


理由はどうあれ、アリクイクイ達が不用意に捕食できないという事実は、アリクイ界にとって明るいニュースとなった。
アリクイ達は、もはやアリクイであろうがアリクイクイであろうが、同じ巨体をもったその生物の前で怯える必要はない。
むしろ、相手がアリクイクイであった場合を考えると、怯えて逃げ出そうとすることは逆に危険だった。


アリクイクイが現れたことで、多少知恵がついてきたアリクイたちは、あることに気付く。
自分達がアリを食べているところをアリクイクイに見られたら、アリクイだとばれてしまうのではないか。

しかしこの心配はすぐに必要のないものだということがわかる。
なんと、アリクイクイはアリクイだけでなくアリも食べたのだ。
アリクイクイは「アリクイ食い」でありながら「アリ食い食い」でもあったのだ。

そうなってくると、アリクイクイ達は危険を冒してまでアリクイを食べようとはしなくなった。
御馳走の山であるアリの巣の周りで、アリクイともアリクイクイとも知れぬ巨体たちと一緒に、仲良くアリを食べるのである。



長い年月が過ぎ、もはやアリクイを追いかける必要の無くなったアリクイクイ達の足の筋力は退化し、走ろうが歩こうが、アリクイ達と区別がつかなくなった。

今もアリクイ達の中に、人知れずアリクイクイがまぎれているのだろうか?
それともアリクイクイなどとうに絶滅してしまったのだろうか?

そして、死んだアリクイ(もしくはアリクイクイ?)の体を食べるアリ達は、アリなのかアリクイクイなのか、はたまたアリクイクイクイであるのか。

我々はいまだに草原をゆうゆうと歩くアリクイ達を見て、結論を出せないでいるのである。






地球にはまだまだ謎がいっぱいだよね、というお話。

え?こないだの日記の続き?
書きません。
だって恥ずかしいもん。