克のビッグ日記(最終回) 2004.1.26

大丈夫。
難しいことなど何もない。





寒空の下、俺は自らにそう言い聞かせながら歩いていた。


そう。簡単なことだ。

バイトのお姉さんに向かって
「ビッグマックセットをアイスティーで」
と一言、落ち着いて言えばいいだけなのだ。

多少なりとも動揺していたさっきまでの自分を鼻で笑い、歩む足元に視線を戻す。





歩いていくうちに、ふとあることに気付いた。

アイスティーというのは、ミルクとレモンの2種類あるのではないか?

普段の俺はといえば、紅茶を飲むときに何かを入れることはほとんどない。
その事実がことの発見を遅らせた。

どうせどちらを頼んでも、ミルクであろうがレモンであろうが、俺の紅茶に入れられることはない。
ならば、その付属品が紅茶以外の用途に使えるか否かで選べばよい。

答えはすぐに出た。
レモンだ。
いつもの食事に少しレモンの香りを足すだけで、新鮮で優雅なディナーへと変貌することであろう。


俺の発すべき言葉は決まった。

「ビッグマックセットをアイスレモンティーで」

俺はこれだけをマクドナルドのお姉さんに言えばいいことになる。



しかし、さらにある事実が俺の脳裏に蘇る。

もう一つ。
そう。もう一つお姉さんに伝えねばならないことがあったはずだ。

その場で食べるのか、持ち帰るのか。

一見どちらにしても問題はなさそうに見える。
が、しかし。
俺はせっかくいただいたレモンを紅茶には入れず、別の用途に使う計画を立てている。
人が見ているかもしれないところで、そんな大冒険を冒す若さなど持ち合わせていない。
君子危うきに近寄らず。
よくいったものだ。



「持ち帰りで、ビッグマックセットをアイスレモンティーで」



この言葉こそが俺の真実。
持ち帰りで、ビッグマックセットをアイスレモンティーで。
俺の口からこのフレーズがつむぎだされるだけで、相手に俺の意思を全て誤解なく汲み取らせることができる。

持ち帰りで、ビッグマックセットをアイスレモンティーで。
俺は何度も心の中で繰り返した。
一字一句違ってはいけない。
完璧であるがゆえに、もろく儚い言葉でもあるのだ。






そして時は来た。

俺は今マクドナルドの店内に立ち、俺の目の前ではアルバイトのおば・・・お、おねえさんが笑顔をこちらへ向けている。


お姉さん(?)「いらっしゃいませ」



今だ!
今こそ俺の想いを、あの言葉を発するときだ!!











克「も・・・」
お姉さん「お召し上がりですか?」








克「え、あ・・・、お持ち帰りで・・・」






あれだけ練習していただけに、予想外に積極的なお姉さん(?)の発言は俺を惑わせ、付けなくてもいい『お』を付けてしまった。
そのことがさらに俺の頭を真っ白にする。




お姉さん「・・・。」



克「・・・。」




はっ。
いかん。
今度は俺が注文をする番ではないか。

こういうときの妙な間ほど嫌なものはない。
ここは落ち着いてクールに正しく注文を言うのがベストだ。

だが思い出してほしい。
このとき俺の頭は真っ白だったのだ。
俺の脳内では”考える”という行為は一切行われなかった。










克「ビッグマックセットをアイスミルクティーで」











あれ・・・?
なんで俺今ミルクって言ったの?







お姉さん「以上でよろしいですか?」





克「はい。」








はい。じゃないだろバカ!!!!!
おばか!!!克のバカ!!!!!
バカツ!!!!!!!





お姉さん「409円になります。」





今ならまだ間に合う。
「あ。やっぱりレモンティーにしてください」
ただこれだけをお姉さんもどきに言えば、今日のミッションはセーフティにコンプリートすることができる。

今だ!
言え!言うんだ!!




そのとき、俺の中で天使と悪魔が囁いた。




悪魔:
克よ。よく考えるがいい。
お前は本当にミルクよりレモンがいいのか?
ここでお前が焦って挙動不審な発言をしたら、それこそ奴らマクドナルドの思う壺ではないのか?
お前はいつものように愚かな人間どもを見て、ほくそ笑んでいればよいのだ。



天使:
落ち着いて克!
自分の心に正直になって!
そもそもあなたはミルクでもレモンでもどちらでもよかったはずだよ!
そんな発言をするなんて無茶よ!




克「そうだよね」

悪魔「うん

天使「だね



どうやら俺は考えられる全ての行動のうち、もっともよい行動を選んでいたようだ。






あー・・・違うんだ。
要するに、こんな日記書くくらいなら卒論書けっていう話なんだ・・・。